福岡地方裁判所飯塚支部 事件番号不詳 判決
主文
被告人は無罪
理由
本件公訴事実は
被告人は福岡県嘉穂郡山田町大字上田所在の籾井伝三経営に係る三友炭礦労働組合の婦人部長であるが右組合は昭和二十二年八月から籾井伝三に対して飢餓突破資金一人千五百円家族一名に付五百円の支給其の他を要求して拒絶されたことから同年九月十三日より罷業に突入した。然るに同年十月六日組合員中、山崎政春等二十四名余が生産同志会を結成して罷業から脱退し生産業務に従事したので罷業中の組合員は極度に之を憤慨していたが同月七日午前八時三十分頃同炭礦貯炭場から右生産同志会員上川久光等が炭車を連結してガソリン車を運転し上山田駅に向ひ進行を開始したので之を認めた被告人は他の組合員三十余名の婦女と共に右ガソリン車の前方線路上に立塞り通るなら自分等を轢き殺して通れと怒号し右川上等に対して多衆の威力を示して運炭車の進行を停止せしめて同日午前十一時四十分検挙される迄右炭車の運炭業務を不能ならしめて之を妨害したものである。
と謂うにある。
然して当裁判所は証人中島房雄の証言に依り本件妨害行為は被告人単独の自発的意思に基いて行われたものでなく争議中の組合が生産同志会の行為を目して争議を妨害するものと判断して之を行つたものであると認定する。
日本の復興は産業の復興にあり産業の復興は産業の民主化に依存する。然して産業の民主化は生産に従事する労働者の自主的団体である労働組合の責任ある活動によつて発展するものである。労働組合法は労働者に団結権及団体交渉其の他の団体行動をする権利を保障し之を保護助成することが労働者の地位の向上を図り経済の興隆に寄与する所以であると言う根本精神から制定されたが日本経済の現実の情勢として石炭の生産が極めて緊要且切実な問題であることは多言を要しないことであり此の点からすれば炭礦労働組合の生産を停止し或は阻害するような争議行為は現情勢下果して経済の興隆に寄与するものであるかどうか極めて疑わしく従つて其の争議権の行使は濫用の危険に流れる惧れのあることが甚だ多いことを知らなければならない。
本件検証の結果に依れば勿論中小炭坑として現下の社会情勢に於ては資財難其の他の事情に依り止むを得ざる事情なきにしも非ざるも三友炭坑の福利施設が当時極めて劣悪な生活条件の下に放任されていたことは明かである。三友炭礦労働組合が其の環境にありながら生産担当者としての義務に付ては昭和二十二年一月から本件争議発生前の同年八月迄の出炭状況に付て之を見れば産業復興の基礎的条件として石炭三千万屯生産の目標に基き同礦に割当てられた右期間内月別出炭目標と其の実績の綜合比率は大体割当に対し九十九パーセントの成績を挙げていた。然して之は同礦所在の嘉穂郡上山田地方にある他の中小炭礦の其の実働人員出炭目標及実績等に付て仔細に比較検討すれば必ずしも悪いものとは言えない。寧ろ其の生活諸条件等を併せ考えた場合生産担当者としての義務は大体満足すべき状態で遂行されていたことが福岡商工局飯塚石炭出張所の調査嘱託解答書の記載から窺うことが出来る。
同礦労働組合は生活条件の向上を計る為夙に経営者側に対し福利施設の改善要求を提出し既に同年一月経営者側は其の改善に努力することを組合側に確約していたのであるが実行せず同年七月更に組合側から要求されて同じことを繰り返へし確約はしたが同様の結果に終り本件争議も結局組合側としては之等福利施設の不備欠陥が組合員の赤字家計に極めて深刻な影響を与えている事実を指摘して飢餓突破資金の要求と福利施設の徹底的改善要求を提出したところ経営者側は後者に付ては前回同様確約はしたが前者の要求に対しては遂に妥協が出来ず組合側としては経営者側の誠意を疑い万已むを得ず組合員多数の意思決定に基き同年九月十三日午後四時を期して罷業に入ることを決定し組合員は一勢に罷業に入つたものである。之等諸般の事情を綜合考慮して本件争議権は正当に行使されたものであると認定する。
山崎政春以下生産同志会員は再建途上にある日本経済の将来を憂へて生産争議と言う新な見地から突如本件争議を離脱して石炭の生産に従事するに至つたものでありその考え方自体は誠に結構なることではあるがそもそも本件争議権は全組合員の総意に基き生産同志会員等も其の当時は固より之に同調し一勢に争議に入つたことは右に述べた通りである。
然るに其の中途から如何に主義主張を異にするからとは言え突如之を離脱して組合の決定した行為と反対の行為に出ると言うことは組合に対する純然たる裏切行為である。組合は争議突入後は毎朝闘争本部前庭で全組合員に闘争報告を行つて来た。之は同時に各組合員に対する大衆討議の機会を与えていたことになるのである。主義主張を異にするものは此の機会を利用して常に組合員一般にそれを公表して公正な検討と批判を要請することが出来るのであつて其の結果或は組合員多数の賛成を得て独自の行動に出ることを承認されるに至るかも知れず更に進んでは新な多数決が生れて争議を否決するに至るような事態が発生するかも知れない。
斯くすることが畢竟多数の意思決定に基く組合の自主的活動と其の健全な発展を期待する所以ともなるのである。一旦争議に同調した以上之を裏切ると言うことは多数決の秩序を無意味に混乱に陥れるのみで組合の自主性と健全な発展にとつて全く好ましからざる行為であるばかりでなく延ては一般的に言つて組合の正当な争議権を不当に侵害する結果を招来するのであるから組合の団結権団体交渉権を保護助成する労働組合法立法の精神に照し生産同志会の行為は本件争議権に対する一方的な侵害行為と見る外はなく之を組合が本件の如く座込戦術を用いて生産同志会の就業を阻止した程度に止まる行為に付ては争議行為の正当な範囲に属するものと判断する。
此処に注意すべきことは生産同志会の主義主張が誤つていることを指摘しているのではないと言うことである。寧ろ日本の客観情勢は生産同志会の言うところに客観的な正しさを認めることが出来るかも知れない。多数決定必ずしも正しいのではない。多数決の価値は此の客観的なより正しきものへ到達する為の民主的な方法であるところに認められる。一つの意思決定と之に対立する意思決定は組合内部の多数決即ち民主的な方法に依り之を処理して行くのが真に公正な方法であり斯くてより良きより正しきものへと発展して行かなければならないと考える。
以上説示の見解に依り当裁判所は本件妨害行為は労働組合法第一条第二項刑法第三十五条に該当するものと認めて刑事訴訟法第三百六十二条に従い被告人に対し主文の通り判決する。(昭和二三年三月二二日福岡地方裁判所飯塚支部)